Loading
稲庭茶寮

美しい雪景色に包み囲まれた数寄屋風の佇まい。

かつて、茶道の心得と日本料理の神髄をわびさびのおもてなしでお客様に呈する喫茶料理処がありました。
それが、北大路魯山人が古美術品の陶器に高級食材を使った料理を常連客に出すようになり、1921年(大正10年)に会員制食堂「美食倶楽部」です。魯山人自ら厨房に立ち料理を振る舞う一方、使用する食器を自ら創作していました。
1925年3月29日東京永田町に「星岡茶寮(ほしがおかさりょう)」を借り受け、顧問として会員制高級料亭を始めました。日枝神社の境内に属した小高い丘にあり、夜には星がよく見えたことから「星ヶ岡」と呼ばれていました。
 
※北大路魯山人(きたおおじ ろさんじん)
1883年(明治16年)3月23日~1959年(昭和34年)12月21日
日本の芸術家。篆刻家、画家、陶芸家、書道家、漆芸家、料理家、美食家。

稲庭茶寮(いなにわさりょう)

稲庭うどん伝承ノ郷・寛文五年堂では、茶道を趣味とする創業者が収集した茶道具を展示し、350年の稲庭うどん、その伝統の技を守り継ぐ企業精神をモットーにしながら〝うどんレストラン〟を開店いたします。
 
稲庭の郷から川連地域を眼下にしながら三嶋神社に隣した風情が「星岡茶寮(ほしがおかさりょう)」と類似している事から、「稲庭茶寮(いなにわさりょう)」と命名いたしました。
 
星岡茶寮に学び上等の精神と食の提供を目指します。

PAGE TOP